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 授業という檻から開放された生徒達。

 それはさながら飢えた獣のように自分勝手に四方へと散って行く。

 ある者は部活へ。 ある者は直帰。 ある者は友人達と何処か遊びに。

 十人十色。

 千差万別。

 それぞれ行き着く場所は違うとしても授業からの開放、放課後の喜びは皆一様に嬉しいも

のだろう。

 一夜も例外に漏れることなく、意気揚々と校外へと出た。

 残念ながら何処か行く当てはないが、適当に歩こうと考えた時、

「一夜」

 聞えたのは、聴きなれた声。 それも、すぐ横から。

「うぉッ」

 横を向けば、そこにはさも当然というように八重がいた。

「い、何時から?」

「教室から」

 気付かなかったのは、その身長差か気配の薄さか。

 同年代の平均身長程度の一夜は特別背が高いというわけではないが、八重の身長は極

端に低い。

 百五十にも満たない身長は、それだけで一夜との身長差を生んだ。

 自然と一夜は見下ろし、八重は一夜を見上げる形となる。

「ねぇ。 放課後、付き合って」

「いいけど……。

 買い物か?」

「違う。 加奈が甘味食べに行こうって。

 一夜も行こう」

「いいのか? 俺も同伴して」

「いいの」

 たまにはいいか、と一夜は頷き、歩き出した。

 途中で三枝加奈と合流し、さらに学校を出た途中で見つけた真をやや強引な形でひっぱ

り、目的地へと向かった。







 御崎高校を出て三十分程度歩けば商店街に辿り着く。

 その商店街の一角、大小様々な店が両脇に立ち並ぶ道から一本路地に入り、入り組ん

だ細い路地を進んだ先に目的地、甘味処『ヒノキ』はあった。

 外観は陰鬱なイメージを抱く闇のように深い黒色の平屋。

 『甘味処 ヒノキ』と看板掲げられていなければ、誰も此処がお店だとは思わないだろう。

 店内は割りと落ち着いた雰囲気の木目を基調にした内装。

「いやー、やっぱり糖分はいいねぇー。

 こう、なんかさ、日頃の鬱憤が癒される感じじゃない?」」

 一夜の斜め正面で、加奈が言った。

 表情は嬉々として輝くように笑いながら、幸せを噛み締めるように溜息をはいた。

 加奈の前には、フルーツパフェが置かれていた。

「……俺は、観てるだけで胸焼けしそうだよ」

 一夜は正面を観て、嫌そうに顔を歪めた。

 一夜の正面には八重が座っているのだが、問題は八重の前に置かれた特大パフェにあ

った。

 恐らく加奈が食べているような通常のパフェの三倍以上、無駄に己を主張するように置か

れている。

「…すげぇな」

「あぁ。

 よく食べるよな、一体どうゆう身体の構造しているんだか」

 真の言葉に頷きながら、一心不乱に食べ続ける八重へと視線をむけた。

 すでに容器の中身は半分に減り、八重の体内へと収まっていた。

 一体、小柄の八重の何処にあの量がはいるのか。

 もしくは甘い物は別腹という言葉通りなのかもしれない。

「そういえばさ、一夜クンは恋人出来た?」

 唐突に加奈が一夜を見つめて言った。

「いいや。全然、さっぱりだな」

「あたしもだよー。

 あーもう、ホントに彼氏欲しいなぁ」

「あ、俺なんかどうよ?」

 手を挙げ自分を売り込むように真が立ち上がった。

「アハハ、寝言は寝てから言うもんだよ?

 ホント冗談は顔だけにしてよ?」

 軽快に笑う加奈だが、笑顔に反して内容は厳しく、その毒舌の標的になった真は力なく崩

れ落ちた。

 そのガックリと肩を落とす真を横目に、一夜はご愁傷様と心の中で呟いた。

『――――次のニュースです。

 今日の午前十一時頃、××県吉田市内の山中で男性の他殺体が発見されました。

 男性は同市内の会社員で、鋭利な刃物で全身を刺されていました。

 犯行内容が現指名手配中の佐々木容疑者と酷似し、警察では事件の関連性を―――』

 店内のテレビから流れるニュースが自然と耳に入り、その内容に驚きを覚えた。

「なぁ、吉田市って結構近くないか?」

 皆の思いを代弁するように口を開いたのは真だった。

「そだね。 直線距離で四十キロくらいかな?」

「確か、この佐々木って人、今迄十余人くらい殺してたよな?」

 一夜は何日か前に放送された報道番組を思い出しながら言った。

 佐々木剛、四十五歳。

 今世間を騒がす連続猟奇殺人の最有力容疑者であり、今迄佐々木に殺された被害者は

つい先日十人を超え、その殺人方法は全身を鋭利な刃物で滅多刺しする残忍極まりない

手口だった。

 警察も威信と総力を駆使し捜査をしているものの、未だに逮捕までには辿り着いていな

い。

「うわっ。

 何か近づいてきてない?」

 ニュースでは、佐々木容疑者が今迄殺したと思われる事件が地図上に赤い点となって記

されていた。

 確かに加奈の言う通り、一件目の犯行から先程の犯行まで数字で負ってけば、確実に一

夜の住む御崎市に近づいていた。

「本当だな。

 けど大丈夫だろ?

 事件に巻き込まれる可能性なんて極僅かなんだしよ」

「んー、けど、あたし可愛いから襲われたらどうしよ?」

 全然心配してない様子で加奈が言う。

 本人も事件に関わるなど思っていないのだろう。

「任せろ! 俺が守ってやる」

「アハハ、真クンなんてお呼びじゃないよー。

 家で引き篭もってなよー?」

 再度復活した真を、加奈はやはり満面の笑みで地獄に突き落とす。

 懲りない奴だな。

 一夜はかける言葉もなく、今度こそテーブルに伏した友人を見つめてから、八重へと視線

を滑らした。

「……ご馳走様」

 空になった容器を少しだけ誇らしげに見下ろし、八重は口元を拭いた。

 特大パフェの容量を思い出し、今やそれがこの小柄な少女の体内にあるという事実に驚

愕しながら、一夜は呆然と八重見つめた。

 その視線に気付き、首を傾げて、

「……食べたかった?」 

 と、一言。

 それに大きく首を横に振り、一夜は答えた。













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