校舎が建てられているのは街から少しだけ離れた小高い丘の上だった。

 周りには雑木林が茂るだけで民家はなく、ただ不気味な静寂だけが周囲を包んでいた。

 いつも陽気な雰囲気に彩られる校舎とは正反対の夜の静寂な校舎。

 知らず知らずに圧倒されていた一夜は己を叱咤する意味で自身の頬を両手で叩いた。

 何やってんだ、俺は。

 決めたんだ、二人の仇をとるって。

 勿論のことだが、一夜自身話し合いで解決するとは微塵も思っていない。

 相手は大量殺人鬼。

 待ち受けるのは生か死か。

 究極の二者択一。

 大丈夫だ、準備はした。

 一夜は肩に掛けた鞄から取り出したのは、刃渡り三十センチのミリタリーナイフ。 

 そのナイフを握り締め、二三度 目の前の空を斬る。

「――――よし」

 声に出した言葉は決意の証。

 迷いは捨てた。

 倫理は関係無い。

 不要な感情は無機質に。

 ただ目的に向かって淡々と。

 待っていろ。



 今、逢いに行くから。





「―――お前を、殺しにな」









#2-2





 比較的に校内への侵入は簡単だった。

 当日の放課後に窓の鍵を外しておいたからだ。

 佐々木が指定した場所は御崎高校。明確な場所の指定はなく、いわば校内全部が指定

場所。

 いわば、障害物のない見通しの良い校庭等で立っているなんて愚の骨頂。

 自殺行為に等しい。

 如何に相手より優位な状況をつくるか。

 光源が月明かりだけの校内で、気付かれないように相手に近き、殺す。

 その為には、息を潜め気配を消す。

 一夜はそう考え、まさしくその通りに行動していた。

 現在は各クラスの教室が建ち並ぶ本校舎の三階に一夜はいた。

 校舎内は薄暗く闇に染まっていたが、電気を付けるわけにはいかない。

 わざわざ佐々木に居場所を教えているようなものだ。

 片手に抜き身のナイフを持ち、一夜は細心の注意を払いながら歩いていた。

 カタッ。

 殺伐とした静寂が包む校舎内で、しかし突然に音がした。

 まるで何かシャーペンのような軽いものが床に落ちた微かな雑音。

 一夜は高鳴る鼓動を抑え、音のした方向へと急いだ。

 たどり着いたのは、二年三組の教室だった。

 ――――誰かいる。

 時刻は深夜零時過ぎ。

 教師や生徒が残っている筈はない。

 一夜は大きく息を吸い、そして吐き出した。

 中に誰かいるのは明白。

 一夜は入り口のすぐ傍にある電灯のスイッチを入れた。

 眩い明かりに一瞬眼が眩むが、すぐに眼を開き見回す。

 しかし、思い描いていた佐々木は居らず、その代わりに一夜のよく知る人物がそこにい

た。

 亜麻色の長い髪が、揺れた。

「……―――― 一夜?」

 そこに、室井八重がいた。

「な、何で、八重が……」

 昼間と同じ御崎高校指定の制服に身を包み、今が深夜でなければ日常の光景だっただ

ろう。

 だが皮肉なことに今は日付が変わった深夜。 学生が校内に居ていい時間ではない。

「一夜、何で学校に……?」

「いや、俺は……、ちょっと用事があってな」

「用事? こんな夜更けに?」

 咄嗟に口に出た言葉は現状を鑑みれば真実味に欠けるものだった。

 有り得ない状況下での想定外の人物との遭遇。

 それは予想以上に混乱する結果に直結した。

「なに? 夜更けに? 用事? 用事ってなに?」

 しかし混乱困惑極まる思考の中で、唯一一夜にも解ることがあった。

 八重の、様子がオカシイ。

「ねぇ……?」

「や、八重……?」

「だって、こんな時間に学校で用事なんて変だよ。

 ねぇ、なんで? 嘘? ………嘘なの?」

「や――――」

「なんで……。 なんで、今日なの?

 今日は私にとって、そう、私にとって―――」

 うわ言のように小声で呟く八重の瞳の焦点は何処を観ているのか、虚ろに暗い光を放って

いた。

 いつものぼんやりとした雰囲気とは、まさに掛け離れた様子だった。

 そんな八重を前に、一夜は掛ける言葉もなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「――――そっか」

 にっこり、と八重が笑った。

 いつもの野花が咲いたような純真の慎ましい笑みとは違い、口元は笑みの形を作ってい

るのにその瞳は冷酷冷淡に一夜を捉えていた。

「一夜……」

 すっと、いつの間にか一夜の気付かぬ内に、八重の右手には鈍い光を放つ鎌が握られて

いた。

 農作業で使われていそうな無骨な鎌だった。

 鎌を握る柄の部分は木製で、緩やかに曲線を描く刃。

「一夜」

 先程よりもはっきりと、その名を呼ぶ。

 いつもなら気負うことも緊張することもなく自然に返事が出来る筈なのに、言葉すら出てこ

ない。

「邪魔、しないで」

 高らかに上げられた鎌が、今まさに振り下ろされようとした瞬間――――。

 一夜が恐怖に瞳を固く閉じた瞬間、

 渇いた銃撃音と共に、背中に鋭い痛みと同時に、意識が遠のく感覚。

 倒れゆく身体、薄れゆく意識の中、霞みゆく世界で、もう一度銃撃音がした。

 ――――なん、だ……。

 一夜は、意識を手放した。 













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