世界が、朱に染まった。 床も壁も天井も、そして俺自身も。 全てが染まっていた。 その液体は、鮮血。 俺の体内にも流れる、真っ赤な血潮。 床に倒れる二体の、人間。 その男女の身体には無数の刺し傷。 傷口からは真っ赤な血が溢れ出していた。 その男女は、父と母だった……。 #始音 『日常、そして…』 「――――――っ!」 芦屋一夜は声にならない悲鳴と共に勢いよく立ち上がった。 その反動で先程まで座っていた椅子が倒れ、ガシャンッと鈍い音が室内に響く。 「お、おい、芦屋。 どうした?」 前方からの声に反応して、ゆっくりと視線を移せば中年の男性がいた。 驚いたように瞳を見開き、一夜を見つめている。 しかし、一夜はその質問には答えずに周囲を見回した。 見回せば、そこは一夜のクラス。 言い換えれば、県立御崎高校二年三組の教室だった。 三十人前後のクラスメート達の視線は例外なく一夜を捉えていた。 「……あー、すいません。 何でもないです」 状況を理解すると、簡潔に一言だけを言い、倒れた椅子を起こし座る。 「なら、良いが具合が悪いなら保健室に行くんだぞ」 教壇に立つ教師はそれだけ言い、また黒板に数式を書き始めた。 クラスメート達も黒板を凝視し、手元のノートに書き写している。 一夜はその様子を確認してから額に浮かんでいた汗を左手で拭う。 あー嫌な夢みたな、と溜息をついた瞬間に、白い物が机の上に投げ込まれた。 ノートの端を千切り丸められたソレを開けば、そこには丸みのある可愛らしい文字で、 『具合悪い?』 と、一言。 授業中にこんなことをする奴は、一夜には一人しか思い当たらなかった。 その犯人、一夜の隣に座る少女へと視線を向けた。 腰まで届く亜麻色の髪、一夜へと向けられた大きな二重の瞳は心配そうに揺れているが、 その深い鳶色の瞳は引き込まれそうな程に透き通っていた。 彼女は一夜の友人である室井八重。 一番親しい異性の友人だ。 一夜は投げ込まれた切れ端の裏に簡素に。 『大丈夫だ』 と書き、それを八重の机へと投げた。 八重は小動物を思わせる動作で切れ端を呼んでから、一夜へ微笑みかけた。 優しい、安心した笑み。 その笑みが自分だけに向けられた為か、心臓がドキリと一度だけ跳ねた。 まったく美少女というのは得だな、と思いながら一夜は黒板へと視線をむけた。 黒板にはアルファベットと数字が入り混じった文字が書いてある。 やばいな全然解んね。 そろそろ期末考査もあるんだよなぁ。 どこか他人事のように思いながら、今度は悪夢をみないようにと祈りながら 再び眠りについた。 |